散文

生活

自分の声が低すぎて、もう少し女みたいな声で産まれたらよかったと思う。

決して酒の飲み過ぎやタバコの吸いすぎで枯れてしまったからではない、子供の時から低いのだ。

そんな私は、何かを考えたり、思ったりする時や文章を読んでいる時、頭の中でも自分の低い声が聞こえている。

「あ、イヤフォン忘れた。」

「この窓ベトベトが付いているから絶対に触らないようにしよう。」

「そこまできたら坊主だろ。」

しかし、誰かが言った言葉を思い出す時は、その言った人の声でその台詞が再生される。

母の声で「ポットにお湯入れといて」

おじさんの声で「どこの国からですか?」

あの女の声で「HISAMITSU」

そう、心の中では全ての人の声を、なんなら歌だって再生できるのだ。

それならば、肉体的に持って産まれた声は変わらないが、せめて心の中で喋る時くらいアイドルのような可愛らしい声で再生しても良さそうなものだが、可愛い声で自分の心の言葉を再生してしまうと、

「誰か屁こいたな、くっせ、最悪や、肺に入ったか」

「うんこしてーけど再配達の依頼しちまったよー、来るなよ来るなよ今来るなよ」

「後ろのガキ泣かないといいなー」

なんだか自分が思っていることではないような気がして混乱してしまうので、自分の考えはこの低い声で再生されるようになっているのだろう。

だが、生まれつき耳が悪く、音を聞いたことがない人たちはどのように心の中で独り言を言っているのだろう。

脳内で2ちゃんねるのように文字が流れていくのか?感情が順番に沸き起こり文になっているのか?

バイリンガルの子はどうだろう

最後にしゃべった言語を引きずり、父親と英語で話した後は、母親と日本語で会話するまで心の中が英語に支配されてしまったりするのだろうか。

心の中で思ったことを意識して聞いていると、意外にも「うわっ」や「んだよ」など無意味な音が多いことに驚く、実際声に出しはしないまでも、心の中では言ってしまっているのだろう。

だが私は人よりも心の中だけ留めておくのが苦手で、すぐに独り言を言ってしまう。

つい先日も、公共の場で独り言を言ってしまった。恥ずかしさのあまり「もう独り言は言わないようにしよう」という独り言を言ってしまい、その余にも早い失敗スピードに笑いが堪えられず大変な目にあった。

なんとなくここまで、皆私と同じく心の声を音として再生している前提で書いてしまったが、もしかしたら、世の中の人は誰も心の中の声を音として再生していないとか、地方によって異なり千葉県民だけが音として再生しているとか、男の人は再生速度が女よりも3倍遅いとか、耳が遠いおじいさんは心の声も爆音再生。などと様々な違いがあったらどうしようか。

ヤマシタ

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